ウズベキスタン サマルカンドの旧都「アフラシアブの丘」

中央アジアの国、ウズベキスタンにあるサマルカンドの旧都「アフラシアブの丘」に行ってきました。

歴史好きにとっては、アレクサンダー大王や三蔵法師、モンゴル帝国が訪れたというだけでも垂涎もの。現在のサマルカンドはチムールによる再建で、かつての都は郊外で砂に還ろうとしています。

せっかくの個人旅行なので、旧都市全域を歩いてきました。5km四方で、早歩きで2時間程度。

出発は、アフラシアブ歴史博物館

サマルカンド中心街に近い南西部はモスクと墓地があるので、一番手軽なアプローチは「アフラシアブ歴史博物館」になります。博物館の裏手から核心部に入れます。案内板はありませんが、観光客が頻繁に出入りしているので迷わないはずです。トイレや飲み物は、博物館以外にはありません。

木1本生えていない砂漠地帯のため夏場だと過酷だと思われます。秋の訪問であったため、ちっと暑いくらいで済みました。

復元図とGoogleMapを基に散策してみる

サマルカンド博物館の地形図(説明のため赤字追加)によると、丘全体が城壁都市になっており、南北に連城的に4段の城壁で囲まれていました。実際に現地で対比させてみましたが、地形図だけで現地の遺構を回れるくらいこの図は正確です。

この都は1220年にモンゴル帝国に破壊され、13世紀頃に訪れたイブン・バトゥータは、著書「大旅行記」にてまだ城壁は再建されていないことを記録しています。チムールは東側に都を再建しているため、以来旧都のままということになりますね。

GoogleMapの衛星写真でも、主要な遺構が見受けられます。

ケシ門付近、かつての外周の堀は道路と川に

旧都の最も外側を囲んでいた堀は、北側が天然の川、残りは遺跡沿いの道路が走っているところです。写真がその堀跡で、19世紀までバザールがありました。

博物館があるのは3つ目と4つ目の城壁の間です。博物館からは、道路を挟んで南側にも土でできた城壁が残っているのがわかります。

内城門と内堀は博物館の裏手から入場

アフラシアブ歴史博物館は有料ですが、遺跡には料金ゲートはないので無料では?特に案内板はありませんが、裏手に遺跡エリアに入る口があります。

建物の跡は、柱などが残っているわけではないので想像しにくいですが、一部発掘した場所で痕跡が見られます。見どころは、大規模な堀。日本の中世城郭では滅多にお目にかからないほどの深さと広さです。深さ10m以上、幅20m近くあります。この付近は内城門があったところ。さすがに守りが固いですね。このあたりまではツアー客もいましたが、ここから先は1人旅。

内城門から宮殿下へ

敷地内は、一見縦横無尽に歩けそうに見えますが、傾斜がきつすぎたり、砂が締まっていなかったりで、実際には歩ける場所を自力で見つける必要があります。降りても登れない事態が想像できたので、なるべく地面が固い場所を選んで歩きました。

木が一本も生えていないので目印が乏しいですが、北側以外はひたすらまっすぐ移動すれば道路に出られるので安心です。

谷底まで降りると、そこにあったのはなんとサッカー場。GoogleMapでは東側からから上がってくる未舗装道が確認できるため、そこから来て遊ぶのでしょうか?

宮殿跡に到着

博物館に展示されていた壁画が出土したのは、この宮殿付近。写真で山に見えるのがかつての城塞です。宮殿に上がる道がわからなかったので、強引に城壁を登り越えてみました。

最上部に上がってみると壁で囲まれた建物であったことがよくわかります。天然地形の加工と思われる堀と比べ、垂直に切り立ち、高さがそろっているところが日干し煉瓦での作りを想像させますね。

ここからの眺めは最高。遠くに見えるサマルカンドの街だけが緑に覆われていて、砂漠のオアシス都市を実感できる光景です。レギスタン広場だけを見ると、あまりオアシスという感じがしないのですよね。

北側は切り立った崖

最も守りが固い北側に宮殿があるだけあって、北側は川に直接面した断崖になっています。道路はすぐ目の前ですが、こちらからは降りられそうにありません。踏み跡も見受けられませんでした。

宮殿を下って西側の主モスク跡へ

博物館がある南側と、市街の反対側になる東側を除くと、道路に降りるにはどこも高低差があるため、宮殿跡からレギスタン広場に一番に近い西側の道路に降りることにしました。このあたりは当時のモスクの跡。

崖沿いの踏み跡をたどって外周道路へ

雨が掘った跡で複雑な地形になってはいますが、踏み跡が無数にあります。降りられそうなところを探して、ジグザグ降りていくと無事舗装道路に出られました。道路からは登り口があるようには到底見えないので、西から直接アプローチするのはおすすめしません。

外周道路に復帰

立派な舗装道路からは、さらに外側に外周の城壁が続いているのが見受けられます。この付近は、当時の主要な城門の一つ「ナウベハルスクの門」があったそうです。

ウズベキスタンはタクシーが少ないため、一般の車にお金を払って乗せてもらう慣習があります。この通りはそこそこ交通量があるため、ここからレギスタン広場まで運が良ければ一気に移動できそうです。

最後は、サマルカンド市街の分岐路へ

道路沿いをひたすら歩いて分岐路に戻ってきました。これで散策は終了!

分岐路まで時間がかかるので、タクシーか通りかかった一般の車に乗せてもらってレギスタン広場に戻ったほうが効率がいいかもしれませんね。

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